障害者差別解消法が改正され、2024年4月1日、民間事業者による障害者への合理的配慮の提供が義務化されました。
ホテルや旅館、その他の宿泊施設においても、視覚障害者を含むすべてのお客様が快適に利用できる環境づくりが求められています。
視覚障害になじみのない人も、これまで視覚障害者に接して改善を繰り返してこられた宿泊施設の方々にも、私たち視覚障害がある当事者の視点で、合理的配慮について無理なくできる事項を中心に読んでもらいたい記事として作成しました。
なお、当事者の皆さんにもぜひ読んでもらいたいないようになっています。
【目的】
この記事では、視覚障害者への合理的配慮について、当事者視点から分かりやすく解説します。
具体的な例や、配慮を行う際のポイントなどを紹介することで、宿泊施設における合理的配慮の実践を支援します。
今は関係がないと思われる方であっても、いざというときには必ず役に立つ内容になっていますので、いつでも見直せるように、ブックマークなどしていただけたら嬉しいです。
また、一般社団法人With Blindは民間事業者の合理的配慮の対策を支援します。
検討段階で困ったことがありましたら、いつでもお問合せください。
【こんな方にオススメ】
- 具体的な合理的配慮の例を検討している宿泊施設
- 近くに障害者施設等があり宿泊が見込まれる施設
- 観光地などで誰もが利用しやすい空間を目指す宿泊施設
- 過去に視覚障害者のお客様が訪問されたことをきっかけに、合理的配慮について検討している宿泊施設
- 合理的配慮について具体的に知りたい視覚障害当事者やその周囲の家族など
- 視覚障害者が宿泊施設で困ること
- 宿泊施設の心のバリアフリー体験動画でイメージを具体化させる
- 前提知識1:視覚障害の種類と影響
- 前提知識2:視覚障害者を取り巻く環境
- 前提知識3:障害者差別解消法改正のポイント
- 前提知識4:合理的配慮の対象となる障害者とは
- 前提知識5:合理的配慮とは
- 宿泊施設での7つの合理的配慮の例
- 事例1:入口で視覚障害者を見かけた際には声を掛ける
- 事例2:宿泊する部屋への行き方や室内の設備を説明する
- 事例3:大浴場や温泉施設での配慮を提供する
- 事例4:ビュッフェ形式のレストランでの配膳をする
- 事例5:配膳した料理お客さんから見た位置で説明する
- 事例6:無人受付が使えない視覚障害者への配慮を提供する
- 事例7:ウェブサイトをアクセシビリティに配慮したものにする
- まとめ:視覚障害当事者にお願いしたいこと
視覚障害者が宿泊施設で困ること
視覚障害者は、周囲の状況を視覚で把握することが難しいため、さまざまな困難を経験します。
特に、宿泊施設においても次のような事項で困ることが多いです。
- 宿泊施設の立地がわからない
- 宿泊先の設備がどのようになっているのかわからない
- 自分の宿泊する部屋に単独でたどり着くことが難しい
- トイレがどこにあるのかわからない
- レストランや朝食を食べる場所でどのように動けばいいのかわからない
- 料理がどのように盛り付けられているのかがわからない
このバリアの大きさや程度は、視覚障害者の中でも十人十色です。
そして、次のような誤った理解で配慮が断られることも多くあるのが実情です。
これらの誤った理解は、不当な差別的取り扱いとして違法となり、罰則に該当する場合もあるようです。
思い込みや偏見を捨て、宿泊施設と視覚障害者の双方が建設的な対話の中から解決策を探っていくことが求められています。
- 前例がないのでサポートできない
- 忙しいので特別扱いはできない
- よくわからないので断っている
- 障害がある人の宿泊は一律に断っている
- 盲導犬や介助犬との宿泊は断っている
宿泊施設の心のバリアフリー体験動画でイメージを具体化させる
ところで、観光庁では、心のバリアフリー認定制度というものを実施しています。
その中で、モニターの人たちが実際に施設を体験している動画を公開しています。
この動画では、どのようなことで視覚障害者が困っているのか、どのような支援や配慮をすれば適切なのかが簡単にイメージできるようになっています。
ぜひ一度ご覧いただくとイメージがさらに具体化されるのではないでしょうか。
With Blindでは、ほかにも合理的配慮に関する記事を掲載しています。
前提知識1:視覚障害の種類と影響
この記事を理解するうえで、前提となる知識を紹介します。
視覚障害=見えないと誤解をされている方に出会います。
しょうがないよね。ドラマでも、全盲の人が視覚障害者の題材として取り上げられることが多いもんね。現実は、全盲よりも弱視が多くて、白杖を持つ弱視の人も多くいるんだよね。
視覚障害には、視野が狭い人や、後天的に視力を失った人、まぶしいのが苦手な人など、さまざまな種類があります。
また、視力障害の程度も、まったく見えない全盲から、日常生活に支障のない程度の弱視まで様々です。
従って、視覚障害の程度によって、必要となる配慮のレベルも様々です。
視覚障害も多様であることはぜひ覚えておいてほしいポイントです。
前提知識2:視覚障害者を取り巻く環境
近年、情報通信技術の発展により、視覚障害者を取り巻く環境は大きく改善されています。
拡大ソフト、音声読み上げソフト、点字ディスプレイなどの assistive technology の普及により、視覚障害者も多くの情報にアクセスできるようになりました。
特に、宿泊施設のウェブサイトがアクセシビリティに配慮されたものであれば、施設の情報だけでなく、詳細な内容も解読することができるのが大きなポイントです。
そして、アクセシビリティに配慮されたウェブサイトであれば、視覚障害者も単独で予約をすることができます。
こうした配慮により、宿泊者数の増加が見込めます。
見えない・見えにくい人は、ウェブサイトの文字を拡大したり、コントラストを変えたり、音声読み上げソフトを使ったりすることで、情報を入手しています。
しかし、宿泊施設のような公共の場では、視覚障害者が依然として多くの困難に直面しているのも事実です。
初めて訪れる施設では、バリア(障壁)が多くて利用しづらいと感じる場合が多いです。
前提知識3:障害者差別解消法改正のポイント
そこでポイントとなるのが、障害者に対する合理的配慮です。
従来、民間事業者における障害者への合理的配慮は努力義務でしたが、2024年4月の改正により義務化されました。
障害者差別解消法は、国連の「障害者の権利に関する条約」の整備の一環でもあり、日本だけでなく国際的なレベルでも重要とされています。
障害者差別解消法の改正ポイント | 2014年3月まで | 2014年4月以降 | ||
行政 | 民間 | 行政 | 民間 | |
①不当な差別的取扱い | 禁止 | 禁止 | 禁止 | 禁止 |
②合理的配慮の提供 | 義務 | 努力義務 | 義務 | 義務 |
前提知識4:合理的配慮の対象となる障害者とは
障害者差別解消法で重要なのが障害者への合理的配慮です。
障害者とは、目に見える障害や、障害者手帳の所持の有無で決まるものではありません。
日常生活で不自由を継続的に感じている人全般が対象です。
「障害者」とは、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。
障害者基本法2条1号
前提知識5:合理的配慮とは
障害者が社会のあらゆる場面で平等に参加できるよう、必要に応じて行う特別な措置のことを指します。
いわゆる「特別扱い」ではなく、誰もが平等にできるようにするための措置ですので、この点は誤認・誤解のないように理解する必要があります。
以外に合理的配慮=甘えとか優遇とかって誤解している人って多いんだよね。困難さが障害によるものなのか、他の原因によるものなのかをしっかりと見極めないとだよね。
こちらで詳しく紹介しています!
宿泊施設での7つの合理的配慮の例
視覚障害者への合理的配慮として次のようなものが考えられますが、これは一例です。
- 視覚障害者を見かけた際は声掛けをする
- 宿泊する部屋への行き方や主要な設備を説明する
- 大浴場や温泉施設での配慮を提供する
- ビュッフェ形式のレストランでは料理を配膳する
- 料理をお客さんから見た位置で説明する
- 無人受付が使えない視覚障害者への配慮を提供する
- ウェブサイトをアクセシブルなものにする
事例1:入口で視覚障害者を見かけた際には声を掛ける
視覚障害者が出かける際、どこの施設にたどり着いたのかは、特に初めての所であると確信を持てない場合が多いです。
外の看板や、地図を見ることができないためです。
地図を音声で聞きながら目的地を目指すことはできるのですが、最終的な入口については、まだまだGPSの制度も弱く、ラスト1mが課題となっています。
慣れている場所であっても、スタッフの人に声をかけていただくことは大きな安心感につながることがあります。
もしかしたら、声掛けを躊躇う人もいらっしゃるかもしれませんが、ぜひ臆せずお願いできたら嬉しいです。
誘導といっても、宿泊施設スタッフの負担になるものではありません。
よければ、次の記事も参考にしてみてください。
【声掛けのポイント】
- 「こんにちは『○○施設』のスタッフです」と訪問している施設の情報を伝える
- 「誘導はどのようにすればいいですか?」と誘導方法を確認する
- 「必要であればロビーの座席まで誘導しましょうか」とサポートを確認する
- 「窓があってまぶしい席」、「暗い席」、「比較的明るい席」などがある場合には、お客さんの希望を確認する
- 「お待ちになられている方が○人いますので、順番が来たらお伝えしますね」と状況を説明する
- 「こちらに順番を待つ席がありますが、お座りになりますか?」と状況を説明する
事例2:宿泊する部屋への行き方や室内の設備を説明する
初めての場所では、案内をお願いしたいケースが多々あります。
想像してみてください。見えない・見えにくい状況で、右左もわからない場所に訪れた時を。
ただ、単独で宿泊施設に訪れる方の多くは、一人で行動することに慣れた方が多いです。
ですので、一度宿泊する部屋へのアクセス方法や主要な施設を案内すれば、個人差はあるものの、二度目からは単独でたどり着ける場合もあります。
【部屋や主要な施設や設備を案内する場合のポイント】
- 「二個目の柱を曲がります」など、みえない・みえにくくても理解しやすい目印を伝える
- 宿泊する部屋の扉のハンドルに輪ゴムをつけたり、リボンをつけたり、点字を記載したりして、部屋番号が見えない視覚障害者が単独でもたどり着ける目印をつける
- 「このロビーは正方形で、私たちは今左下の角に立っています」など、空間を説明する時は、まずは概略から説明して、希望に応じて具体的な配置説明を行う
- 「案内を希望する場合は、○○に来てください」や「○○に電話してください」などと、あらかじめ案内が必要な場合の対策を決めておく
- 「この通路には、○○と▲▲の障害物がありますので、歩く際は左側の壁に沿って歩くと安全です」などと、想定される危険な物に対する注意事項を伝える
事例3:大浴場や温泉施設での配慮を提供する
大浴場や温泉施設を単独で利用することは、みえない・みえにくい人にとってとても不安です。
通常よりも気持ちもナーバスになり、ゆっくり温泉を楽しむこともできない可能性があります。
白杖を持ち込むことをためらう人もいます。
以前に視覚障害者と温泉・サウナに行った時の話を書いていますので、よければ参考にしていただけたら嬉しいです。
大浴場や温泉施設における視覚障害者への対応は、他のお客さんとの関係において、とても難しい場面もあるかと思います。
施設の広さやお風呂の個数によって、対応もいろいろ考えられることですので、一律な対応は無いと考えます。
その上で、友人たちに聞いたり、過去の配慮事項を調べてみたりして、考えられる対応のポイントは次の通りです。
【大浴場や温泉施設における配慮のポイント】
- 視覚障害者が貸し切れる時間を案内する
- 混雑時を避けた入浴時間を案内する
- 家族風呂や貸切風呂がある場合は優先して案内する
- 温泉がある部屋が空室の場合はそちらを優先して案内する
- 視覚障害者が入浴施設の内部の案内を希望する場合は、入浴前に一通り一緒に歩いて案内する
- シャンプーやリンスー、洗面台の位置などをあらかじめ説明しておく
事例4:ビュッフェ形式のレストランでの配膳をする
ビュッフェ形式のレストランでは、視覚障害があると単独で料理を取りに行くことが困難な場合が多いです。
宿泊施設においても、自分でご飯を取りに行くケースがとても多いので、難儀する場面があります。
また、見える家族と一緒に訪問している方であっても、施設のスタッフがサポートしていただけたらとても助かる場面が多くあります。
次のポイントを押さえていただければ嬉しいです。
【ビュッフェ形式での配膳のポイント】
- スタッフが料理を配膳することを提案する
- スタッフが配膳する際は、あらかじめ料理の希望を書き取り、まとめて配膳する
- 追加の料理を取りに行きたいときにスタッフにお願いする合図を決める(例えば、手を挙げる、30分後に声を掛ける)
- 一緒に料理を取りに行く場合は、大きなカテゴリーから料理を説明する
- 混雑している場合などにはお待たせすることも説明する
- お盆だけ席まで運んでもらいたいという要望もあるのでニーズを聞き取る
- 食事の終了後にお盆などを所定の場所に持ち込む必要がある場合は代わりに行うなどのサポートをする
人手が足りない、忙しいなどの理由でなかなか配慮ができない宿泊施設もあるかと思います。
その場合は、混雑時間を避けた時間で食事時間を設定するなどの相談を本人としていただくことで、誰にとっても快適な空間に近づくのではないかと思います。
「スタッフが皆気持ちがいい。朝食バイキングも手伝ってくれた…」
— Vi-logでもっと評価を見る
事例5:配膳した料理お客さんから見た位置で説明する
最近、ロボットが配膳する宿泊施設も増えてきました。
ロボットが運んできても、自分の席に来たのか、どこに料理が載っているのか、ロボットから料理を取り出してテーブルまで自分で乗せられるのかという不安があります。
これらの点についてサポートを検討いただくことはもちろん、スタッフが料理を配膳する際のポイントも記載します。
【配膳する際のポイント】
- 配膳した料理が何かを説明する
- 伝票を置いた位置や、会計の場所なども伝える
- ロボットが料理を運ぶ際にはスタッフがテーブルまで乗せることを提案する
- 具体的な料理の位置の説明が必要かを確認
- どこに何の料理が盛り付けられているのかを説明(クロックポジションで説明するのも有効)
- 説明する際には「お客様から向かって12時の方向に○○があります」と具体的な方向と合わせて説明するか、お客さんが希望すれば手をとって具体的な料理や飲み物の配置を伝える
事例6:無人受付が使えない視覚障害者への配慮を提供する
無人レジやタブレットでの注文が増えてきました。
また、宿泊施設においても、無人受付やキャッシュレスでの自動販売機での支払いなどが増えてきたように感じています。
コストを削減して他のサービスに人員を集中させることはとても大切ですが、同時にこれらのシステムが使えない視覚障害者にも意識を少し向けていただけると助かります。
残念ながら、無人受付システムなどは画面が見えない・見えにくい視覚障害者に配慮されておらず、使えないことが大半です。
そもそも、アクセシビリティって何なのかという説明は、こちらをご覧ください。
そこで、代替策としては次のようなことが考えられます。
【無人受付の代替策のポイント】
- スタッフが代わりに受付する方法を提供する
- スタッフが無人受付システムを代わりに操作する
事例7:ウェブサイトをアクセシビリティに配慮したものにする
宿泊施設に点字があると、とても感動します。
ただ、点字が読めるのは、視覚障害がある人でも少数。
また、宿泊施設の様子がウェブサイトで簡単に読めるようになっていると、それだけで他の施設よりも行きたい気持ちが高ぶります。
予約システムが視覚障害があっても単独で操作できる仕組みになっていると、さらに行きたい気持ちが増します。
点字を宿泊施設に記載するのは管理の問題からなかなか難しい場合もあるかもしれません。
ただ、ウェブサイトをアクセシブルなものにするのはとても簡単です。
- 画像に代替テキストをつけたり
- テキストベースのメニューを掲載したり
- 予約をキーボードだけで操作できるようにしたり
することだけでアクセシビリティは高まります。ぜひ今からでも対応を検討してみてください。
アクセシブルなものにするためのポイントは次の二つ。
- 施設内の案内をコントラストを意識した色合いにする、点字を記載する、見やすく大きくする
- ウェブサイトをアクセシブルなものにする
まとめ:視覚障害当事者にお願いしたいこと
宿泊施設が視覚障害者に合理的配慮を提供する際のポイントについて説明しました。
2024年4月から合理的配慮が義務化されることに伴い、今障害者への配慮の在り方が注目されています。
障害がある当事者にニーズを確認して配慮を行うことが基本です。
宿泊施設においては、上記で紹介した内容を踏まえ、自分事として臆せず誰もが快適に利用できる施設に向けて検討をいただけるととてもありがたいです。
視覚障害者の中には、合理的配慮が義務化されたことに伴い、強い姿勢で宿泊施設に要望を出す方々も散見されます。
自分たちも障害のない人と同じようにサービスを受けられて当然なのはごもっともですが、それを露骨に外に出していては快適なものにならないケースもあります。
合理的配慮のポイントは、宿泊施設側と視覚障害当事者との建設的な対話の中で、個別に行うものです。
サービス提供側にもメリットを感じてもらえるよう、私も含め、誰もが丁寧な姿勢で臨みたいものです。
そして、改正後の法律をうまく使いこなしていければと感じています。
一般社団法人With Blindでは、合理的配慮をしてくれた宿泊施設や場所について、レビューという形で見える化しています。
詳しくは、こちらをご覧いただき、ぜひアプリをお気に入りに登録して活用いただけると嬉しいです。